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高松高等裁判所 昭和60年(ネ)260号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決の二、四項は仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月一三日から支払ずみので年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人の負担とする。

(四)  仮執行の宣言。

2  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人に負担とする。

二  当事者の主張及び証拠関係

次のとおり補正するほかは、原判決の事実摘示及び当審記録中の書証目録・証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表一〇行目の「愛媛四〇ケ五四九三」を「愛媛け五四九三」と改める。

2  同三枚目表九行目の「いたもので」の次に「、本件作業日においても、被控訴人は会社所有の車両を使用するような指示をしてはおらず、加害車両を社用のために使用することを認容していたものであり、被控訴人は雇主として、社会通念上、自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう加害者竹本を監視、監督すべき立場にあつたもので」を、同一〇行目の「有していたもので、」の次に、「また、」を、それぞれ加える。

理由

一  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一)  竹本聡は、昭和五三年三月高等学校を卒業して、翌月被控訴人に入社し、昭和五五年九月に電気工事士の資格を取得してからは、被控訴人が請け負つた建物の建築工事に伴う電気工事の業務に従事していた。

(二)  竹本は、本件事故発生当日、都合で上司の課長斉藤光男とあらかじめ決られていた作業日を交替して、午前八時ころ、被控訴人の寮から自己所有の本件加害車に乗つて、被控訴人が建築工業を請け負つた松山市南斉院町八一番地所在のコーポ「王赤」の電気配線工事の作業現場に赴き、午後四時過ぎまで同所で作業をして、四時二〇分ころ現場を離れ、右寮に帰る途中、結婚式を約一箇月後にひかえてその準備で多忙で急いでいたため、速度を出し過ぎ、本件事故を起すに至つた。

(三)  被控訴人では、作業に必要な工事資材、作業用具は、すべて、以前から、右作業現場に用意されており、また、成文化した規定はなかつたが、事務、設計関係の従業員(これらの者が、業務用にマイカーを使用した場合には、会社が任意保険料、ガソリン代を負担していた。)を除く現場作業員は工事現場へマイカーで通勤することを禁じられ、おおむねそれは実行されていた。

(四)  しかし、本件事故当時、被控訴人では、現場作業員二〇名に対し、車両は二トン車、一・五トン車各一台、軽貨物車五台しかなく、それでは、工事現場が多方面にわたる場合など従業員の搬送に差し支えが生じていたため、右の取り決めが厳格に守られない状態となつており、竹本ら現場作業員も、マイカーで工事現場に行き来したことがあり、特に作業開始時に遅刻するような場合には、それが多かつたが、必ずしも会社にはその届出はせず、竹本自身、マイカーを使用したことについて上司から注意を受けたことは一度もなかつた。

(五)  竹本は、被控訴人の会社社屋の二階にある寮に住み込み、本件事故の一箇月くらい前に友人から購入した本件加害車は、使用していない時は常時、右社屋に隣接する同会社の駐車場に駐車させており、このことは、被控訴人の代表者佐藤正義や前記斉藤光男も承知していた。

以上の事情が認められ、右認定に反する公証人作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については原審証人竹本聡の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、同証言により真正に成立したと認められる同第二号証、原審及び当審証人竹本聡、原審証人斉藤光男の各証言中右認定に反する部分、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

二  ところで、自賠法三条にいう運行供用者とは、自動車の運行によつて利益を得ている者であつて、かつ、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にある者をいうが、右支配、管理の態様は、個々の車両の運行を実際に逐一、かつ、具体的に支配、命令し指揮するまでの必要はなく、直接または間接にそのような指揮、監督をなしうる地位にあることをもつて足りると解すべきところ、被控訴人は、本件事故の際を含めて、ときに、竹本によつて本件加害車が寮から作業現場への通勤手段といて利用されていたことを黙認し、これにより事実上利益を得ており、かつ、被控訴人は、竹本の雇用者として同人を会社の寮に住まわせ、会社の社屋に隣接する駐車場も使用させていたのであるから、本件加害車の運行につき直接または間接に指揮監督をなしうる地位にあり、社会通念上もその運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあつた者ということができ、本件事故は、同人が作業を終えて、加害車を運転して、その現場から寮へ帰る途中に生じたものであるから、被控訴人は本件加害車の運行供用者として、同法三条本文に基づき、本件事故によつて、西森やその親族に生じた人的損害を賠償すべき責任があるといわざるをえない。

三  ついで、竹本と訴外西森アイ子間における被控訴人主張の和解の成立、西森と控訴人間の無保険車傷害保険契約の締結、右契約に基づく、昭和五七年一〇月一二日の控訴人の西森アイ子に対する保険金二〇〇〇万円の支払、この和解金と本件事故との相当因果関係及び金額の妥当性に関する認定、判断は、次のとおり補正するほかは、原判決の理由二項(原判決五枚目表末行から同裏九行目まで)と同じであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表末行の「同一三号証」の次に「、同第一五号証、同第一九号証、原審証人石塚雅範の証言」を加える。

2  同五枚目裏六行目の「前掲証拠」の次に「、前記甲第一ないし第六号証、同第八ないし第一二号証、同第一五号証、乙第一号証、原審証人竹本聡の証言、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果」を加え、同八行目の「にあり、」の次に「西森は死亡当時四四歳の健康な男子で、個人で、自転車や自動二輪車の修理、販売業を営み、月額三五万円から四〇万円の収入を得ていたこと、同人の扶養家族としては、妻アイ子と当時高校生の一男一女があるが、西森の死亡後、右営業はアイ子が女手ひとつで細々と続けているものの大した収入は得られず、長男は、西森が死亡したため、高校卒業後は進路を変更して直ちに就職せざるをえなくなつたこと、本件事故は、竹本が本件加害車を運転し、事故現場の片側二車線の道路の外側の車線を時速約四〇キロメートルで東進中、先行の普通乗用車を追い越すため内側車線に進路を変更するに際し、規制最高速度四〇キロメートル毎時を遵守せず、内側車線を進行する車両との安全を確認しないまま、漫然時速約七〇キロメートルに加速し、右にハンドルを切つて内側車線に進入した過失により、同車線を先行していた普通乗用車に至近距離に隣接するまで気付かず、同車との追突を避けようとして、自車を対向西行車線に滑走させ、折から対向西進して来た西森運転の被害車に激突したもので、本件事故は、竹本の一方的な重過失により生じたというべく、西森には何ら過失はなく、しかも、その結果は事故の約一週間後に同人の死亡という重大な結果を招いていること、竹本の雇用主である被控訴人には、被害弁償の意向は全くなく、終始その態度は不誠実で、竹本に、本件事故は、同人の私用に際し惹起こされたもので、被控訴人とは無関係である旨の始末書(乙第一号証)を書かせ、それに公証人の確定日付印をとらせたりしていることなどを考慮すると、和解金の総額を四五二六万三八二八円と定め、自賠責保険及び竹本から支払われた二五二六万三八二八円を控除して、」を、同行の「右立替金」の次に「の額」を、それぞれ加える。

四  そうすると、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が西森アイ子に対し、保険金として人的損害の賠償金を立て替え支払つた二〇〇〇万円の求償に応ずる義務があるというべきであるが、これに対する遅延損害金は、右求償債権については履行期限の定めがあつたことを認めるに足りる証拠はないから、期限の定めのないものというべきであるところ控訴人において、本訴状の被控訴人に対する送達以前に履行の催告があつたことについてなんらの主張立証がないから、右訴状の送達によつて履行の催告があつたものと認めるのが相当であり、右送達の日が昭和五九年五月一二日であることは本件記録上明らかである。してみると、右求償金二〇〇〇万円については同日中に期限が到来し遅滞に陥つたものというべく、被控訴人は、その翌日である同月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるにすぎない。したがつて、控訴人の本訴請求は、右求償金及び遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余の部分、すなわち、右保険金支払の日の翌日である昭和五七年一〇月一三日から前記訴状送達の日まで前記割合による遅延損害金の支払を求める部分は失当として棄却すべきである。

五  よつて、右判断と一部異なる原判決はその限度において不当であるから、これを右のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六九条、九二条但書、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦 上野利隆 鴨井孝之)

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